わが国の古銭の中で、小判といえば慶長小判が有名です。これはは、
徳川家康が全国流通貨幣とすることを考えて、慶長6年鋳造した金貨です。
しかしこれと並行して、慶長大判も作られました。これは名前の通り、
かなり大きなもので、長径が15センチ弱もあり、もちろん正規貨幣として
いっぱんに流通しましたが、実際には武士等の公私儀礼用、そして大規模な
売買の支払いにあてるために利用されることが多かったのです。
日常の使用に不便なので、普通は小判など小額貨幣に両替されて利用され
ました。いずれも非常に古銭として高く評価されています。
このように一般の商取引では小判がふつう利用されたので、われわれも
「小判」という名前に慣れているのです。頻繁に流通する紙幣やコインに
あっては、大判のように墨書によってその真正性を示すのではなく、
金額、花押などをすべて刻印するようになっています。
貨幣の本来の性格を示したわけです。このように小判はひろく普及しました
ので、われわれも古銭としてなじみ感をもっているのです。
よく江戸時代なんかに大判小判さらには千両箱が物語に出てきますが
これらは、今で言う紙幣の札束に近い存在であったために、価値のある
物として認められていたんですね。